初めての理系編入

編入に関することをメインに書いてます。

編入がすべてではない

こんばんは、卒論がひと段落ついたので久しぶりに記事を書きます。

 

ツイッターで「自分、編入試験に向いていない、というか勉強に向いてないかも・・・」、というつぶやきをよく見かけます。

 そんな考えを持っている方に是非とも聞いてほしいです。

 

編入がすべてではないです!

 

諦めなかったおかげで今の自分があるから諦めないでください!という成功談よく見かけますけど、その人以外にたくさんの人が敗北、もしくは失敗している訳です。 結局その中でみんなより成績が良かっただけなのではないでしょうか。

 

成績が良かったとはいってももちろん努力で勝ち取る人もいますけど、死ぬほど努力しても落ちる人もいれば、ちょこっと勉強したら受かった人も中にはいます、僕の知り合いにもいました。

そう考えると試験って試験科目の学ぶ要領とかが他の人より良い人が受かるものではないでしょうか。

学ぶ要領が悪いと終わりでしょうか、社会人になって試験に必要だった知識って使いますか?一部の職業を除けば使わないはずです。

英語も今は翻訳技術がすさまじい勢いで進化を遂げています、僕たちが社会人になったときには本当に必要な知識になるとは分かりません。

そう考えると要領が悪いから終わりだとは思いません。

向いてなかったから諦めましたでも僕は全然いいと思います。

諦めるというとどうしてもネガティブなイメージがありますが、あきらめるということは別の道へ変えましたと同じ意味ではないでしょうか、そう考えると決して悪いことではないと思います。

でもすぐ諦めると「うわぁ、もうちょいがんばっておけばよかった~」と後悔するのでまずは目の前のことに一生懸命取り組んでみてください、それでも「やっぱ別の道に行く」となるのであれば、最初は後悔もするでしょうが「あれだけ頑張って向いてなかったなら別に向いていることがあるよねぇ」と開き直れるはずです。

 

 実は僕もつい最近まで「あきらめなければなんでも叶う」と考えていた人間でしたが、自分の過去について考えてたら「結局人には向き不向きっていうものがあるから不向きなものはいっぱいあるけど、他人よりも向いていることで勝負したほうが人生終わったときにたぶん後悔しないのだろうな~」と考えるようになりました。

小学生のときに運動が大得意な父親に勧められたサッカーが大の苦手で「歯を食いしばれば上達するんだ」と言われ、信じるがままにやったけど結局上達せず、やる気も起きず中学に入ったら消去法で吹奏楽部に入ったところ「どうして諦めるんだ、お前には根性が足りない」と怒鳴りつけられ、「自分には努力する才能がないんだ」と考えた思い出があります。

結局サッカーを諦めて吹奏楽部に入ったことは無意味だったかというとそうでもなくて、そこからちょっと他人よりも楽器ができるという理由で高校のときに軽音部にはいり、そこで音について興味を抱くようになり、興味が筑波大に入ろうという気持ちになり、大学受験は向いてなかったけど、編入試験でたまたま運よく受かり、今の自分の研究テーマにつながったので無駄になったとは言えない気がします。

と本当に人生なにが起こるか分からないのであきらめたから人生終わりだとは決して思いません、ただ編入試験を通して後悔はしないように一生懸命取り組むのは重要なことだと思いました。

 

と久しぶりにブログを更新しました。書く内容は基本的にツイッターをみて思いつきで書きます。次は参考書のこと書こうかなぁ。